音と書に関する考察〜漢字的な音VS.アルファベット的な音〜



先に音楽が単音では成り立たず、様々な音の差異、一つの音から他の音へと移り変わる、

その変化の狭間にこそ、音楽の妙味があると述べた。


音程に差をつけぬ、棒読みに近いお経などは、あえて音楽の要素(人為的な音の操作)

を排し、発せられる言葉そのものの力に重きを置いたものと思われる。


たとえばスタインウェイの最高のピアノの鍵盤を一つだけ叩いて音を出したとすれば、

最高の音色には違いないだろうが、それだけでは音楽とはならない。

対して、鐘や太鼓などは、「ゴ〜〜〜ン」や「ド〜〜〜ン」といった音一発だけでも、

人の心に沁み込み動かすような、霊妙な音色を秘めていたりする。


これは一文字だけでも意味を成す、表意文字である「漢字」と、一字では意味を成さず、
複数の文字を組み合わせることで意味を持つ語句と成す「アフファベット」の
違いにも似ているようにも思われる。

つまり、一つの音にすべてを込めて伝えるような力を有する鐘や太鼓は漢字的であり、

ピアノやバイオリンやトランペットといった管弦楽器はアルファベット的である

とも言えるかもしれない。


そんな見方をした者は、人類史上、おそらく誰もいなかったと思うので、

この視点は我ながら、なかなか面白いんじゃないかと思っている。

先のブログで、「音も書も人も、単体ではなく、他と交わることで、らしさが際立ち、

響き合うことで、また新たな世界が開かれていくところがあるのかもしれない。」

と述べたが、それは他者との比較の中でしか個の魅力や存在意義鐘は見出せない

ということではなく、異質の存在同士の響き合いが個を際立たせ、より豊かな
世界を開いていくという可能性の話なのだ。


と同時に、何物にも比することなく、鐘や太鼓のように、自ら発する一発の音をもって、
未知なる世界の扉を開きゆく人や作品が存在することもまた、心に留めおきたいと思う。





書芸アート専門ギャラリー ART ROOM SHOWL
http://artroomshowl.com

書芸家SOGEN/平野壮弦 関連サイト
http://www.hiranosogen.jp(アート)
http://www.hiranosogen.com(デザイン)
http://www.sogen-arc.com (スクール)





 
 

音・書・人



拙著『故郷〜魂のふるさとへの回帰 書芸家壮弦ものがたり』の出版に際し、

映画監督、舞台演出家の梨本 諦嗚(なしもと・たお)さんから、

壮弦さんの書は音でできている」という帯文をいただいた。

それを見た友人から、「音でできてるんですか?そこんとこ、また飲みながら話したい」

と言われた。他の人からも「壮弦さんの書から、何か音が聞こえてくるように感じる」

と言われることがある。

その辺り、正直、自分でもよく分からないのだが、自分の書に限らず、書と音とは、
確かに深くシンクロするところがあると感じている。



で、今日、実家の雪掘りの後、風呂に入りながら、言われてみれば当たり前
なんだけれども、自分の人生史上、十指に入るくらいスゴいことに気付いた。

それは音楽が、音自体を楽しむ以上に、音と音との差異、落差、一つの音から

他の音へと移り変わる、その変化をこそ楽しみ味わう芸術なのだということ。

つまり音楽は、同じ音程、同質の音だけでは成り立たず、異なる音程、異質の音
が混在し、響き合うことで音楽と成り得る。
書芸もまさにそうで、異質の線が絡み合い、響き合うことで、新たな世界が生まれ
開かれていくところがあるのだ。


で、実は人間同士もそうなんじゃないかと。

音が一つでは特徴が不確かなところを、他の音と並ぶことで、その音の特性が

より際立ち、人の心に響くのと同じく、人もただ一人では特徴もハッキリせず

何者なのかよく分からないところを、他の人と交わることで、

いいも悪いもその人らしさが際立ってくるところがある。
「他人は自分の写し鏡」と言われるのも、そういうことなのだろう。


所以、音も書も人も、単体ではなく、他と交わることで、らしさが際立ち、

響き合うことで、また新たな世界が開かれていくところがあるのかもしれない。




書芸アート専門ギャラリー ART ROOM SHOWL
http://artroomshowl.com

書芸家SOGEN/平野壮弦 関連サイト
http://www.hiranosogen.jp(アート)
http://www.hiranosogen.com(デザイン)
http://www.sogen-arc.com (スクール)








 
 

音の正体~『ムゲン即興-融合-』に想う~

 

 

キミは音の正体を見たことがあるか?! なんちゃって・・・
 
腹鼓を打つくらいしか出来ない自分が音や音楽について語るのもなんですが(笑)、
ちょっと気づいたことがあったので書き留めておきます。

 

過日、SOGEN書芸塾ARCで特別講師をお願いしているダンサーの上村なおかさんが出演された
音楽とダンスによる舞台『ムゲン即興-融合-』について紹介させていただきました。
『ムゲン即興-融合-』は即興ピアノ演奏家・竹内史晴さん、ニューヨーク在住15年を経て、
スイスを拠点に活動する世界的ジャズフルーティスト・Yukariさん、パーカッショニスト・

松本ちはやさん、そしてダンサー・上村なおかさんの4名による舞台で、まさにタイトルに

違わぬ、夢幻にして無限に繋がる音とダンスによる融合舞台となりました。
まあ比べるのも何だけど、自分としては同じ2時間で、映画『シン・ゴジラ』より遥かに見ごたえ、
聴き応えがありましたよ♪

 

《 ムゲン即興 Vol.2-融合- 》舞台より(寺内史晴氏のFBページより転載)

 

mugen

 

舞台が始まるまで間があったので、最前席から、今まで見たことのない不思議な形をした
楽器たちを興味深く眺めていたのですが、眺めているだけで、楽器たちの奏でる無限の音が
聴こえてくるかのような感覚に・・・
楽器たちは音を内に秘めながら、自分が鳴らされる瞬間を時を止めて待っている。
ああ、楽器というのは生き物なんだな・・・自分が何者であるかを知っているのだと。

 

 

話は変わりますが、自分が一番好きな楽器は打楽器、継いで弦楽器です。
なぜ打楽器が一番好きなのか考えてみたのですが、それは打楽器が最も自然に近い音だから
なんじゃないかと。
楽器にかぎらず、モノとモノがぶつかり合えば、何だって音が出ますよね。
で、このぶつかり合う音ってーのが自然界に普通にあってよく耳にする、最も自然な音なんじゃないかと。
打楽器はそのモノがぶつかり合って生まれる自然音を源に発達した楽器。
対して弦楽器や管楽器は、人間が音を楽しむために生み出し進化発展させた道具のように思われるのです。

 

ちなみに自分は雨上がりの日など、傘でガードレールや電柱を叩きながら歩いたりすることがあるのですが、
それは叩く場所や加減で色んな音が出て楽しいからです。
そこで思ったことが・・・
楽器にかぎらず、この世界にあるモノはすべて音を持っているのだということ。
その音は叩かれたり何かとぶつかったりしなければ表には出てきませんが、
みな、内に無限の音を秘めているのだと。
人のカラダもそう。手を叩いたり、腹鼓を打ったりと・・・w

 

楽器の演奏は出来なくても、そんな風に音を楽しむことは誰にでも出来るし、
それこそが音を楽しむという意味での「音楽」のココロなんじゃないかと思うのです。

 
 
で、話が戻りますが、先に述べた「ムゲン即興」の舞台を鑑賞させてもらったことで、
萬人が「音を楽しむ」という本来の音楽の在り方に触れさせてもらえたような気がします。

 

また特に打楽器大好きの自分としては、音の冒険者・パーカッショニストの

松本ちはやさんの演奏にはシビレました。音の美魔女にして現代のシャーマン。
音楽なんて気難しい顔して聴くもんじゃない。みんなに楽しいものなんだ、ということを
伝えてもらったように思います。
 
 

音楽もまた、みんなのもの。
 
みんながムゲンの音を持っている。
 
地球という音の楽園をたのしもう♪

 

 

 

書芸家SOGEN/平野壮弦・公式サイト
http://www.hiranosogen.jp/ (アートワークス)
http://www.hiranosogen.com/ (デザインワークス・レクチャー・パフォーマンス)
http://www.sogen-arc.com (スクール/SOGEN書芸塾ARC)