言葉の功罪

 

 

自分は言葉を信じないと言いながら、言葉の重みや力を

いつも強く意識し、感じている。言霊の力はデカい。

 

だから空虚な作品を書きたくないのと同じく、

空虚な言葉も吐きたくない。

もっとも、何が空虚で何が実のある言葉なのかさえ、

人それぞれの主観によるわけだが。

 

言葉により、人間は自分の思考を整理し、

未来を創造していくことができる。

また他者と想いや考えを分かち合うこともできる。
一方で、人を騙し傷付けることもできるわけで、

双刃の剣ともいえるだろう。

 
言葉には、物事をわかりやすく分類してくれる一方で、

人の感情や思考を制約してしまうところがあるように思う。
たとえば「ストレス」という言葉。
昔はストレスなど無かったのに、「ストレス」という

言葉が広まったことで、世の中はストレスだらけになった。
「セクハラ」もそう。昔はセクハラなど無かったのに、

「セクハラ」という言葉が広まったことで、世の中は

セクハラだらけになった。
「髪切った?」と聞いただけでセクハラ。

「〇〇ちゃん」とちゃん付けで読んだだけでも

セクハラになリかねない御時世だ。

 
十人十色の人間模様も、「それ、ストレスだよね。」

「それってセクハラだよね。」の一言で伝わるんだから、

便利になったものだ。
が、その言葉がなかった時代には、互いに心の

ヒダのようなものを感じ合い、駆け引きしながら

人間同士、付き合っていたわけで、便利さと引き換えに、

豊かな心情や語彙が、社会から次第に失われていって

いるように思われてならない。

 
大江健三郎さんの『 あいまいな日本の私』、ではないが、

曖昧な中にこそ、ほんとうの豊かさがあるのではないか。
現代アートもデュシャン以来、いまだコンセプチャル

アートが主流ではあるけれど、言葉では説明できない世界を

表すのが芸術であり、書芸もまた然りであると思っている。

 

 

 

書芸家SOGEN/平野壮弦 関連サイト
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SOGEN書芸塾ARC
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2017.9月アートクラス風景:『耳をすます、草花の声、わたしの声』/エナジーコーディネーター・村上洋司さんスペシャルワーク

 

 

書芸術を通した解放と交感の場、SOGEN書芸塾ARC【アートクラス】
以下、9月開催クラスの模様です。

 
 
~9月のアートクラス風景~

 

開催日時:2017年9月16日(土)15:15-17:15

テーマ:エナジーコーディネーター・村上洋司さんスペシャルワーク

    『耳をすます、草花の声、わたしの声』

 

9月のアートクラスは、エナジーコーディネーターとして活躍されているむらっちさんこと、
村上洋司さんより、『耳をすます、草花の声、わたしの声』をテーマに
スペシャルワークを行っていただきました。

 

むらっちさんはタブレットフォトグラファーとしても著名で、散歩道に咲く草花や虫
などを主に撮影されており、氏の命ある小さきものたちへの眼差に触れることを通して、
スピード社会の中で失いがちな自然を感じる心、命あるものへの慈愛といったものを、
一瞬なりとも取り戻すキッカケを与えていただいているような気がします。
 
今回のワークでは、そういった貴重な写真の数々を紹介いただきつつ、なぜむらっちさんが
こういった写真を撮るようになったのか、エナジーコーディネーターと名乗るに至ったのか、
そこに至るまでの大きな苦悩までも曝け出し、ざっくばらんにお話していただき、
あらためて強く胸打たれる思いでした。

 

 
撮るものを探すのではなく、呼ばれるんだよね・・・とむらっちさん
 

 

草花や虫の声、自分の内から聞こえてくる声に耳をすます・・・
 

 

むらっちさんからは、これまで、身体と書、朗読と書、といったさまざまなアートワークを
行っていただいていますが、今回のワークはまたより深く心の内面を映し出すものとなりました。
それはどのようなワークかというと、むらっちさんの写真から好きなものを選んで、感じたことを
言葉にして書き表す
というものです。これはまさに内なる自分との対話であり、

また他人の言葉ではなく、宇宙自然との交響により、自分自身の中から生まれ出た言葉を書く
という点においても、実に意義深い時間となりました。

 

 
何も出てこなかったら、それはそれでいいんだよ、とむらっちさん。

 

 
生まれたての言葉たちと書

 

 

 

 

さらに、自分自身を表す文字や言葉、抽象による作品を書いたものを、他の人が見て感じたことを

さらに書く、というペアワークも行いました。

ちょっと、ややこしいですかねW 下の作品をご覧ください。

これはつまり、Aさんが書いた自分を表す作品(上)をBさんが見て、

BさんがAさんに、それを見て感じた作品(下)を書いてプレゼントする、というワークです。

まだややこしいでしょうか?W いや、これ、むずかしそうですが、やってみると、

他の人が自分では気づかない自分を見つけてくれるようなところもあって、メチャ面白いですよ♪!

 

 

 

今回のワークを通して、自分自身、自分以外の人たち、言葉、書、それぞれと向き合う際の

ヒントのようなものをいただいた思いです。

むらっちさん、楽しくて有意義なアートワークをありがとうございました!

また一緒にあそびましょう♪!

 

 

~自由な芸術創造と交感の場~
アートクラスのご案内http://sogen-arc.com/art/index.html

 

 
アートクラスは10月より後期がスタート!
各界の特別講師によるスペシャルワークが続きます。
新規受講生募集中! ぜひこの機会にお申込みください。

 
 
-次回のアートクラス開催予定-
 
開催日:10月21日(土)15:15-17:15

テーマ:書家・現代美術家・山本尚志さんスペシャルワーク

『アーティストになるということ~書はいかにして現代アートになったのか?~』

 

 

SOGEN書芸塾ARC:http://www.sogen-arc.com/

 

本書芸塾は、書道の経験を問わず、どなたでもお気軽にご参加いただけます。
入塾・体験参加のお申し込みhttp://www.sogen-arc.com/entry/index.html

 
 




 
 

言葉は幻想である

 

 

自分は言葉を信じない。

 

言葉にはたしかに、人の心を動かし結びつける、大きな力がある。
だが、当たり前の話だが、言葉は人間の魂や心の在りようとイコールではない。

人当たりがよく上手いことを言う人が実は腹黒いといったこともあれば、

逆にぶっきらぼうで言葉足らずの人が、心の奥底に深い慈愛を秘めていたりする。

人間は言葉を使って意思疎通が容易にできるようになった反面、

言葉に頼りすぎて、それ以外のところで触れ合い感じ合う力が

弱まってしまっているようにも思われる。

 

言葉は幻想である。

日常の中で交わされる言葉のみならず、文学や詩でさえも。

人は言葉という幻想の中に生きているのだ。

 

言葉一つのスレ違いで関係が壊れるような相手とは、所詮それだけの縁。

逆に魂で繋がった相手との絆は、たとえ言葉でスレ違ったりケンカしたり

することがあっても、そう簡単に切れるものではないだろう。

 

だから言葉は大事だが、気を回しすぎて神経質になることもないと。

自分にとって繋がるべき人とは繋げ、切れるべき人とは切ってくれるのも、また言葉なのだから。

 

 

MERUMO詩 真夜中の渦 /2004『21世紀・書の胎動展』出品作

 

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