母の書、山本五十六の書に想う

 

F高橋文江書・小5 (603x800)先日、新潟の実家に帰省した折に、80歳を越えた母が、
「こんなもんが出てきたよ」と、子どものころに書いた
という習字を見せてくれた。

 

尋常小学校1年生で「ヒノマル」、2年生で「大やしま
(大きな八つの島・日本の異名)、3年生で「君が代」
「弓矢たち」、5年生で「一億一心まもりは固し」と
書いており、ここから戦時中に「習字」がどのように
位置づけられていたのかを伺い知ることができる。

 

母は長岡大空襲で多くの級友が命を落とす中、自力で
隣の街まで一人逃げ延びたという戦争体験をしている。

長岡市はときの連合艦隊司令長官・海軍大将の
山本五十六の出身地でもあったことから、
「五十六憎し」とのことで、幾度となく空襲され、
さいごは焼け野原にされた街。
 
市民への無差別爆撃、そして原爆で多くの朋友の
命を無残にも奪われながら、「あやまちは繰り返し
ませんから・・・」とこちらだけに侘びを入れさせる非道に成すスベがなかった
先人の無念が偲ばれる。

 

高校1年生で終戦を迎えた母の書は、その日を境に「吾等行かん、民主日本建設へ」
といったように、書く言葉もまったく変わる。

ちなみにこれは、「未来に向けて、自分の想いを書くように」と促されて書いた自身の
言葉だそうだ。
このことからも、言葉を書く習字や書道は、良きにつけ悪しきにつけ、時の思想や世相が
反映されがちな芸道であると知られる。

 

A高橋文江書・小1. (267x800) B高橋文江書・小2 (577x800) C高橋文江書・小3-1 (321x800)

 

D高橋文江書・小3-2 (569x800) G高橋文江書・高1-1 (303x800) H高橋文江書・高2-2 (275x800)

 

 

 

いや、母の書のことを今ここでこうして語っているのは、母の自慢をするためではなく、
習字や書道について語るためでもなく、戦争の是非を論ずるためでもなく、昔の日本人は
書だけをみても文化度が実に高かったということを記しておきたかったからである。
我が母ながら、小学5年生で、すでにお手本のような書を書き、15歳でそのへんの
書道家が書く書よりもいい書を書いていることに驚く。

 

山本五十六の遺した書も実にすばらしく、それも、ただ字がうまいといったものではなく、
それこそ「書は人なり」で、高い教養と温かく潔い人間性といったものが伝わってくる。

いまの政治家や軍人で、山本五十六ほどの書き手はまずいないだろう。
というか、ザンネンながら書を見ただけでも、その小物ぶりが見て取れてしまう指導者が多い、
といったら叱られるだろうか。これは、昔の人たちは書き慣れていたから、というだけの話
ではないと思う。

 

「美しい日本を、日本人としての誇りを取り戻そう!」はいいけれど、そう声高に叫んでいる
この国の指導者たちは、果たして日本文化の本当の凄みや底力が分かっているのだろうか?
五十六さんや母の書を見るにつけ、そう思わずにはいられない。

 

っつーことで、この国のリーダーたちは一人のこらず書芸をやりなさい!笑

 

 

 

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