書道教室主宰(東京) /書道家・書芸家SOGEN blogバックナンバー~『アートってなんだ?!』~ (2008.8.12 投稿 180)

 

 

アートってなんだ?!

芸術って何?!

これまで色々と語られてきたことだと思うんだけど、
いまだによくわからんところがある!
っつーことで、ちょこっとな思ったことを書かせてもらいます。

 

書の世界でも、明治15年に小山正太郎が『書ハ美術ナラズ』という論文を発表、
岡倉天心がこれに反論したことで、世にいう「書は美術ならず論争」が
起こりましたが、いまだ明確な結論が出ていない状況です。
書は美術なのか? 書は芸術なのか? それを語ると長くなるので、ここでは
現代の芸術全般について、少し考えてみたいと思います。

 

昔ある書友が「芸術とは究極の自己満足だと思う」と言うのを聞いたとき、
それも一理あるな・・・と思いました。
たしかに大衆に媚びていては、すぐれた芸術作品は生まれるわけもなく、
芸術家が生涯をかけて純粋に、命がけで求めた果てに、そういった作品は
生み出されるものだと思うからです。
けれども、もし作家にとって大満足できる作品が出来たとしても、
もしその作品が誰の目にも触れず、何の評価も受けずに終わったとしたら、
果たしてそれを芸術作品と呼べるのか?という問題があります。

 

欧米では、アートは売れてこそなんぼの世界で、作品が売れなければ、
アーティストとは呼ばれません。
売れないのなら、それは趣味といっしょ、ということになるからです。
だから欧米のアーティストたちは、いかに自分の作品が高く評価され、
いかに高い値で取り引きされるかに心を砕くことになります。
一方、日本の美術界では、作品は売れなくても、絵や書の先生ということで
通用するところがあり、自称芸術家という人たちが山のようにいます。
そのあたりを村上隆氏が『芸術起業論』で指摘しているわけです。
芸術=ビジネスとは思えないものの、いまの時代、「芸術は売れてこそなんぼ」
という考え方にも、また一理あるように思えるのです。

 

昔テレビで見た芸術番組で、マチスに扮した役者が悩むシーンが印象的でした。
「売れたいけど売れたくない・・・売れてしまったら俗物だ・・・でも売れたい!」
それは多くの現代アーティストたちにとっても共通した悩みなのかもしれません。

 

あ~、今日はちと、しちめんどくさい芸術論めいたことを書きかけたけど、結論は出ず・・・
ちゅうーか、論にもなってないやんけ!
こんなことを書き始めたらキリがないんで、また思いついたときにでも
ポチポチと書かせてもらいます。
ほな、また!
 
 
 
 

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書道教室主宰(東京) ・書道家、デザイン書道家、書芸家SOGEN blogバックナンバー~『日中文化交流誌』~ (2008.8.10 投稿 179)

書道教室主宰(東京)・書道家、デザイン書道家、書芸家SOGEN blog バックナンバー
~『日中文化交流誌』~

 

 

北京オリンピック、はじまったね。

 

開会式、スゴかったな・・・
中国も国の威信をかけてやってるって感じがビンビン伝わってきたよ。
CGによる映像はハリウッドからも招いて、映画のノウハウも取り入れたらしい・・・
こんど東京で開かれることになったら、どうなるんだろう。
そのときは日本も相当気合いを入れてかからないとってかんじだな。
まあ日本人はいざってときには意外と強いから、そうなったらそうなったで、
きっとスゴいことやっちゃうんだろうけど。

 

先日、日本中国文化協会が出している『日中文化交流』誌への寄稿を頼んでいただき、
ご恵送いただきましたので、紹介させていただきます。
まあ・・・日中友好ですから!

 
 

2008.8.10
 
 
 
 

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☆プロブロ~プロのお仕事ブログ開始! (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2008.8.4 投稿 175)

 

 

「プロの立場から、いまの若者たちへ、生きたメッセージを送ってもらえないか」 という

株式会社・栄美通信社さんからのご依頼で、僭越ながら書かせていただくことに しました。
 
プロのお仕事ブログ」 、題して、書芸家・壮弦のつぶやき~『SOGENことなか!

http://problog.jp/blog/200-01/2011/01/post_200.html

 

自分なんかが若い人たちにエラそうに言えることは何もないんだけどね、

日常の仕事や、ふと思ったことなど、何でもいいので書いてもらえたら、

若者たちにとって何かしらイイ刺激になると思うので・・・って言っていただき、

気楽に書かせていただくことにしました。

このブログも、もちろん本音100%だけど、そっちのほうがもっと 本音で

ズバズバ書いてたりして・・・?笑

まあ、SOGENの裏ブログみたいなもの?

under21限定~大人は決して見ないでください・・・?!
 
 

●高校生のための進学情報サイト『エイビ進学ナビ』 http://www.eibi-navi.com/

 

 

 

 

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無欲なヒト (SOGEN blogバックナンバー/ 2008.6.9 投稿 154)

 

 

先日、あるパーティーで面白い人に出会った。
自分には欲というものがないんです。」という若いデザイナーのヒト。
歳は30代半ばくらいだと思うんだけど、彼は食事も菜食で、肉はいっさい食べず、
酒も飲まないという。
昔は酒もガンガン飲み、肉も食べまくりだったそうだが、何かをきっかけにして

変わったらしい。性欲も無いという。

 
う~ん・・・じゃあ何を楽しみに、何を原動力にして生きているんかいな?
尋ねてみると、見るもの聴くもの、世の中のすべてのことが楽しく、また有り難く
感じられるので、そういった欲は無くても、いつもハッピーな気分でいられるんだそうだ。
スゴいね・・・それってもう、ある意味、悟りの境地に近いような・・・

 

ヒトは、特に男は、世俗的な欲、たとえば金持ちになりたいとか、地位や名誉が欲しいとか、
イイ車に乗りたいとか、イイ女を抱きたいとか、そいうった俗欲を精力に変えて
仕事もがんばる、といったところがあるけれど、彼はそういった欲は無くても、
いつもハッピーでいられるらしい。
いや、むしろそういった俗欲が無いからこそ、それに振り回されることなく、
いつも静かで豊かな心持ちでいられるようだ。

 

数年前、同じようなタイプの若いお坊さんに会ったのを思い出した。
彼もまた、性欲も含めて、欲というものが無いのだという。
それはもう、苦行を積んで乗り越えたわけではなく、生まれながらのものなのだろう。
今は苦行など積まずとも、それが自然体という天才出現の時代なのかもしれない。

 

凡人は中々そうはいきませんが、いつの日か、欲に振り回されることのない

穏やかな心持ちになれるよう、それまでは俗欲さえも活力にしながら、お互い

ガンバって生きてまいりましょう・笑

 
 
 
 

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アイヌ・ケルトの文化に思う/Sさんからのメール (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2008.2.27 投稿 133)

 

 

日頃お世話になっている大手広告代理店のSさんが、十日町雪まつりの雪上カーニバルの
ブログを見てメールをくださった。
Sさんは大阪花博をはじめ大きなイベントを数多く手がけてこられた名プロデューサーで、
大学などでも講師として招かれ、コミュニケーションに関する講義などもされている方だ。
そのSさんからいただいたメールの内容が大変示唆に富み、また書芸術の核心にも触れるもの
だったので、Sさんの御承諾のもと、以下に原文のまま転載させていただく。

 

 

ブログで雪のファッションショーを見ました,
せっかくだから,雪ありきで舞台設定をしたらいいと思います.

雪が降るの舞台の上を,蛇の目をさしたモデルが行き来,
雪は巨大扇風機で方向調整をしたり,巻き上げたり,
数台使って渦巻き状にしたりできないか,
照明演出と絡ませると面白い背景ができそうです.

 

 

雪舞台のファッションショー,こぼれ話,

 

アイヌ模様と,アイルランドのケルト模様,両方ともに,好きなデザイン,
この二つの図案には共通項を感じる,
その両者のデザインが描く,カーブの繰り返しや重なりは,
猛吹雪による雪の舞いのパワフルな螺旋が原型では無いかと,

 

アイヌもケルトも,緯度は違うが,経度は近い,共に生活基盤の半分は雪の中にあり,
その幻想的な雪の舞いが,彼らのモチーフでは無いかと思う.
(死ぬほど怖い吹雪ながら,ゆえに持つ,超自然の美しさあり)

扇風機を使った雪舞台の背景演出案の裏には,そんな風景のイメージありきです.

 

 

ここから脱線しますが,

アイヌも,ケルトも,共に文字を持たない文化,だから模様だけに込める情熱も強烈であり,
デザイン的に研ぎ澄まされた感じがする.

アステカやインカ,マヤも文字を持たない文化,これらも上記と同じ迫力がある.
あれこれ表現の方法論があると,なんか表現力が薄まる感じもする.
手段も,会話/手紙/電話/FAX/メールとなると気ぜわしいだけ,
昔のような,見えて聞こえる範囲の,叫び1発,ノロシ1本,ぐらいの方が,
コンセプチャルであり,かつ雄弁だ.

 

書は,基本的には文字なんだけれど,漢字は絵文字を原型に持ちながら,
いまではかなり抽象的,かなり構造的(つまり論理的)である.
これらを解きほぐし,もともとの絵が持っていたポリシー(つまり感覚的)に立ち戻ると,
じゃ,どんな表現になるのか?,

ときにアバンギャルドな書を見ていると,書は,そんな中間的な領域も描くことが
できるのかな,などと,思ったりしています.
実は中間では無く,絵と文字,両者の魂の炙り出しができるかも知れない.

 

ケルトも,アイヌも,アステカ,インカ,マヤも,そのまま文化が継続していれば,
高度なコミュニケーションの必要性から,やがて文字が生まれたかも知れない,
しかしその前に,アイヌは江戸~明治に吸収され,ケルトはイギリスに吸収され,
中南米はスペインに滅ぼされて,検証不可ながら,思うに,彼らはいまでも高度な
コミュケーションを必要とせず,文字は必要としない文化のままなのかも知れない,
いまどっぷりとコミュニケーションの仕事をやっていながら,最近の情報過多の
社会の中での反作用なのか,文字を持たない文化に憧れたりする.

 

 

以上がSさんから戴いたメールをそのまま転載させていただいたが、奥深い内容で、
色々と考えさせられるところがあった。
また折をみて、書芸術を語るにおいて、あらためて触れさせていただけたらと思う。

 

 

 
 

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書芸の核心~人間の直感、電脳に勝る (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2008.2.26 投稿 132)

 
 
読売新聞の2月25日付けの朝刊のトップページに面白い記事が出ていた。

『日本の知力~人間の直感、電脳に勝る』と題して、将棋の話題が載っていたのだ。
(ちなみに最近はメッキリ指さなくなったが、子どものころから将棋が好きで、いちおう
日本将棋連名の三段をもらっているので、将棋の記事にはつい目が・・・)
 

記事によれば、全宇宙の星の数が10の22乗、チェスの局面数は10の20乗、そして、
取った駒も使える将棋の指し手の数は10の71乗だそうだ。
まさに天文学的な数字である。

 
で、チェッカー(北米で生まれたハサミ将棋)のようなゲームはコンピューターによって
解明されたらしく、その結論は引き分け。
将棋の場合はまだ最新鋭のスーパーコンピューターをもってしても計算が追いつかず、
解明されていない。
一昨年のこと、最強のコンピューター将棋ソフト「ボナンザ」とプロ棋士の渡辺竜王が対局、
人間が勝利したことが話題となった。
1秒間に数億手を読むことが可能なコンピュータ-の計算力に、人間の直感力が勝った、という
わけで、読売新聞の『人間の直感、電脳に勝る』という記事のタイトルはここからきている。

 
 

新聞の二面には、かつて将棋界において7冠制覇という偉業を成し遂げた、天才棋士・

羽生善治さんへのインタビュー記事も載っていて、これがまた面白い。
コンピューターは全ての指し手をモノすごい勢いで読んでいく。
それに対して人間の場合は、せいぜい数十手先までしか読めないものの、
直感力を鍛えていくことで、逆に無駄な手をどんどん捨てていくのだという。
経験によって「大局観」を磨いていくことで、いちいち全ての指し手を読まずとも、
最善手、またはそれに近い指し手を、天文学的な数の指し手の中から選び取ることが
出来るようになる、というのだ。
最新鋭のスーパーコンピューターの計算力をもってしても捜し出せないような最善手を、
人間は直感によって掴み取ることができるというわけで、これはスゴいことだと思う。
 

直感により、無駄を省き、真を得る 
 
書芸もまた同じだと思う。
この電脳社会にあって、瞬時のインスピレーションにより書き表す書芸は、
直感力を鍛えるという意味においてもまた最高の術の一つといえるだろう。

羽生王将が「美しい形は計算ではわからない。」と述べているが、その点も同様だ。
「これが美しい形なのだから、こう描け」とコンピューターにデータにインプットしたら、
コンピューターはその通り描き出しもするだろうが、コンピューター自体は美など感じないし
分らない。コンピューターは過去と今を扱えるが、未来を描くことは出来ない。
人間だけが未来を描くことが出来るのだ。

 
 

書を真っ白な紙面に書く・・・
そのとき、自分の頭の中にある過去のデータや見本だけに頼って書くとしたら、
それはコンピューターが書いているのと大差がないことになるだろう。
ちまたの書道展で見る書が総じてツマらなく思えるのは、「こういう書が立派な書、
上手い書」といった過去のデータに書き手が囚われてしまっているからなんじゃないか。
子どもが書く書が素晴らしいのは、そういったものに囚われず、精神が自由だからだろう。
固定観念に囚われず、直感によって自由自在な表現ができたなら素晴らしい。
それでこそ正真正銘の「書の達人」ということになるのではないか。

 
 

人間という生物の最大の特徴、そして最大の生き甲斐とは、もしかしたら、直感を磨いて
新しい世界を生み出していくことなのかもしれない。人間だけにそれが出来る。
もう人間やめたい、ネコや鳥になりたいなんてと思う時もあるだろうが、せっかく人間に
生まれたのだ。イカさないまま死ぬのはもったいないんじゃないか。
表に現れていないだけで、人間誰しも、スーパーコンピューターも追いつかぬ直感力と
創造力とを備えているのだ。
それは別な言い方をすれば、どんな人の中にも神がいる、ということ。
神を信ずるとは、自分自身を信ずるということだ。
たとえ自分自身がイヤになることがあっても、自分の中に神がいる。
人間がイヤになることがあっても、その人間の中にも、また神はいるのだ。
 
 
2008.2.25 読売新聞 朝刊トップページより
 

2008.2.26-1
 
 

2008.2.26-2

 

 

 
 

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書とデザイン (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2007.12.9 投稿 104)

 

 

自分は若いころ、デザインのデの字も知らない人間だった。
「デザインって何?」って感じで、何ともつかみどころのないシロモノ

だと思っていた。それが今ではデザインに関わる仕事をさせてもらっている。

 

 

これは周りにいるデザイナーの友人たちのお陰に寄るところが大きい。
たとえば親しいデザイナーの友人は、一緒に道を歩いていると、

自販機の前で立ち止まってジっと眺めていたりする。
彼はパッケージデザイナーだから、缶コーヒーやビールのデザインが

気になるのだ。
そこで「え、なになに?」と尋ねると、彼はその場でデザインについて

プチレクチャーしてくれるので、それをありがたく拝聴するわけだ。
お陰でデザインの才能なんて無いし、無縁だと思っていた自分も、
少しづつデザインというものが分るようになっていった。

 

 

自分でデザインをしてみると、デザイナーの仕事がいかに大変かがよく分る。
まずコンセプトを具体化するためのアイデアが必要だ。
次にそれをビジュアル化するための作業。そして最後にデータとしてまとめあげる。

 
自分は、書はいくら書いても苦にはならないが、データ処理にはいつも
手を焼いている有様で、デザインまで完璧に作り込むことは無理としても、
将来はデザイナーの人と組んで、いまだかつて無いような書を使った
クオリティーの高いデザインを世界に発信していけたらと願っている。

 

 

デザインの仕事には感覚的な才能ももちろんだが、同時に、
理知的にモノづくりを進めていく才能もまた必要だ。
一方、書の場合は瞬間が勝負。
パソコンで修正を加えながら完成させていくといったデザインの過程とは違い、
手直しの効かない世界を瞬時に生み出すのが書である。

 

 

そういった芸術的特質を持つ書というものが、デザインと融合し、

実を結んだとき、おそらく今まで目にしたことのなかったような斬新な世界が

現れてくるのではないかと思う。

 

 

デザインの世界はクライアントありきだから、なかなか思い通りには

いかないだろうが、書とデザインの融合により、新たな素晴らしい世界が、

21世紀に開いていくことを願ってやまない。

 
 
 
【広告デザイン書道(書芸)】のページをアップいたしました。
広告デザイン書道(書芸)の効能について書いております。

 

http://www.hiranosogen.com/koukoku-design/index.html

 

 
 
 

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無我夢中 (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2007.12.8 投稿 103)

 

 
 

ともに歩む仲間がいる

 

 

彼らのためにも、自分は先を踏み分けていかなければならないと思う

 

 

癒し系大人気の世の中だけど、ほんとの癒しってのは、イキきった

 
 
その先にあるものではないだろうか

 

 

逃げていれば安全だが、逃げていたって流れ弾に当たって死ぬこと

 
 
だってあるだろう

 
 

 

 

切り結ぶ 太刀の下こそ地獄なれ 一歩進めば あとは極楽

 

 

 
 

命がけでイったとき

 

 

無我夢中になれたとき

 

 

人の命は真に光り、輝くのだと思う

 

 

 
 
 
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なぜ人を殺してはいけないのか? (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2007.11.19 投稿 090)

 
 
2007.11.19 書道
 
 

先のブログで、人生とは魂の修業の旅であることに気づいた、と述べた。
その意味するところを、少し長くなるが以下に書かせていただく。
書芸術の核心にも触れるものなので、ぜひお読みいただきたい。

 

この宇宙はもともと一つだったものが、約50億年前にビッグバン(大爆発)

によって生まれたと言われる。そこから星々が生まれ、銀河系が生まれ、

太陽系が生まれ、そして地球が生まれた。またそこから、人間も含めた

さまざまな動植物が生まれた。
人間が生まれたことで、美醜や善悪といった価値基準が生まれた。
宇宙からすれば、美も醜も、善も悪も無いのであって、それは人間の
捉え方の問題なのである。言い換えれば、それは人間の精神(魂)の
捉え方の問題である、ということだ。

 

 

人を殺してはいけない。当たり前だ。だがそれもまた人間の判断なのであり、

宇宙からすれば、人間同士が殺し合ったところで、ノープロブレムなのだ。
ではなぜ、人を殺してはいけないのか?

 
数年前にニュース23で、高校生を集めた座談会が企画され、放映された。
その番組の中で、ある男子高校生が、「なんで人を殺しちゃいけないんですか?」

という質問をして、参加者を唖然とさせた。「そんなの、当たり前だろう!」と

憤りを覚えた視聴者も少なくなかったはずだ。それに対して筑紫哲也氏が、

「そういった質問にきちんとした答えを大人が返すことが出来るかどうかが

問われていると思う。」と語った。
さて、あなたは、その高校生が発した質問に答えることが出来るだろうか?
殺してしまったら、その人の身内や関係者が哀しむから?
その人の前途ある将来を奪うことになるから?
それだけでは答えになっていないように思う。
人を殺してはいけないという、もっと深い理由があるはずだ。
少々、宗教じみた話になるが、人を殺してはいけない理由を突き詰めていくと、

魂の存在を無視して語ることはできないように思う。

 

 

自分はこう考える。
この宇宙には、目に見える現実世界とは次元を異にする魂の世界がある。
この世に生きる人々は、その魂の世界から肉体を与えられ、この世に

送りだされた者たちである。
何のために? それは、持って生まれたカルマ、宿業を出来るかぎり

削ぎ落とすべく、今生で修業することを通して、より高い魂のステージへと

向かうためである。
だから、人を殺すようなことをすれば、殺した相手の修業の機会を奪うと

同時に、自身の魂も低いステージへと落ちていってしまうことになる。

その低いステージのことを、古より「地獄」と言い表わしてきたのでは

ないだろうか。
もともと一つであり、統合されていた宇宙が、ビッグバンによって分裂した。
その宇宙は今なお拡張しつづけているが、ある時点までいくと、今度は収縮に

向かい、ついにはまた一つに戻るというのが今の物理学界の定説だという。
その説が正しいとすれば、分裂した魂もまた一つに統合されることになる、

ということになるだろう。
魂の世界が統合されたなら、そこにはもはや善も悪も無く、ステージの違い

も無い、ということになるのではないだろうか。
拙著『汚し屋 壮弦・俺の書でイケ!』にも書かせてもらったことだが、

もともと一つだった魂は、また再び一つになることを求めているのでは

ないかと思う。それを仏教では「悲願」などと言い表しているのかもしれない。

 

 

ちょっと精神世界のディープな話になったが、いま少しお付き合いいただきたい。
人間の魂はプラスとマイナスの両極を持って生まれてくる。容易に克服する

ことのできない強度のマイナス部分は、宿業やカルマと言われるよううな

ものだろう。人間に怖れや悩み、不安が尽きないのは、魂がその両極によって

引き裂かれているからで、それを超越して魂を統合し、善悪や美醜といった

人間の一般的な価値判断を超えた精神世界にゆくことが出来た人が、釈迦や

イエス・キリストなどの聖人、ということになるのではないだろうか。

 
現代の物理学では、分裂したこの宇宙が、ある時点から収縮に向かい、

また一つに戻ると考えられていると先に述べた。だとすれば、分裂して

生まれた魂の世界も、一つに回帰しようとするのが宇宙 自然の法則、

ということになるのではないか。
魂が一つに統合されるということは、何の悩みも不安も無い、満ち足りた

存在になる、ということだ。そう考えると、涅槃に入った釈迦などは、

自己の魂を統合できた人、いわゆる解脱できた人、ということになるだろう。

釈迦は自分一人、涅槃に入ったままでよかったはずだが、まだ魂が統合されて

おらず宿業や煩悩に苦しむ衆生を救うために、今生に戻られた。その教えが

仏教となり、また統合されつつある高いステージの 魂の化身であるイエス・

キリストの教えが、キリスト教となったのではないか。仏教やキリスト教

だけでなく、現在、世界にあるさまざまな宗教の内容に、差異はあるものの、

根本は皆同じ・・・要は分裂した人間の魂の救済である、ということなのでは

ないだろうか・・・

 

 

人間は我執をもって生まれる。自分への執着、ありとあらゆるものへの執着。
そして執着から、憎しみや嫉妬といったマイナスの感情が生まれる。
憎しみや嫉妬といったマイナスの感情は不幸を呼ぶ。
それに対して、愛や感謝といったプラスの感情は幸福を呼ぶ。
その幸福とは、物欲や性欲や食欲といった我欲を満たすことで得られる快感

ではなく、精神的な幸福、魂の幸福である。
だから、幸福になりたければ、まず他者の愛を感じ、感謝し、愛をもって

応えることだろう。
そう思ったとき、先のブログで書いた、幸福への方程式が生まれた・・・

 

「愛」+「感謝」=「幸福」

 

だが人間が我欲を超えて、そういった境地に至ることが、いかに至難のこと

であるかは、これまでの人間の歴史が証明している。
しかし考えてみれば、人間の歴史は宇宙の歴史を1年とすると、大晦日の

夜10時に生まれた赤ん坊のようなものだというから、未熟なのは当然といえば

当然のことだろう。

 

とはいえ、今生が人間にとって、魂の統合に向けての修業の場だとすれば、

カルマ・宿業に足を引っ張られながらも、なんとか一歩でも自己の魂を高い

ステージへと向かわせることが、人間が人間として生きる、最も深い意味である、

ということになるのではないだろうか。

 

「人生は修業」などというと、何かツラくて嫌な感じもするが、そうではなく、

すべてが自分の魂のステージを高め、自分自身が幸福になるために用意された

試練であると考えたなら、人生を一つのゲームのように楽しく味わうことも

できるのではないだろうか。

 

 

最後になったが・・・
「書芸術」を求めることも、まさにその楽しい修業の一つなのではないかと思う。
書で宇宙に遊び、すべてが統合された世界を自身の力で求め、表現していくこと・・・
それが書芸術の最も求めるところであり、醍醐味でもあるだろう。
「書芸術」は、字の上手下手といった、人間の常識的な価値判断を超えた次元に

位置するものである。
国境も、人種の違いも、宗教の別も無い、人間の魂に関わる世界を探究する

現代のアート、それが「書芸術」なのだ。
 

 

 

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☆「週刊モバイルよむ!」PCサイト始動! (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2007.3.15 投稿 077)

 

 

ケイタイで好評配信中の「週刊モバイルよむ!
パソコン版サイトが、このたび始動!
 
女優の宮崎あおいさん、役者の早乙女太一さん、
歌手の山崎ハコさん、船井総研会長・船井幸雄さんらとともに、
SOGENが毎週、辛辣な、もとい、真摯な愛のメッセージを送ってます・・・てへっ
 
トップページには両手に華、綺麗どころに囲まれた?SOGENの怪しい写真が・・・
いぁ・・・綺麗は綺麗ですから・・・笑
ぜひアクセスして読んでください!

 

 

☆週刊モバイルよむ!
http://www.mobileyomu.com/

 

 

 

 

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