「日中書法の伝承」展に思う (SOGEN blogバックナンバー/ 2008.3.23 投稿 142)

 

 

東京美術倶楽部(新橋)で開催の謙信書道界70周年祈念「日中書法の伝承」展を見る。
日中の名家の真蹟や拓本を集めた一大展覧会。これはスゴかった。
書の本質・奥義を見せつけられたようなた気がした。

 

中国の書は「ダイ・ハード」だ。見た目よりも中身で勝負!ってかんじ。
表面的なカッコよさよりも、本質的なものをワシづかみにして出してくる
ようなところがある。

日本では古くは漢字を「男手」と呼んだわけだが、まさに男的な世界。

それに対して日本の仮名は「女手」と呼ばれていただけあって、
どちらかといえば女性的・・・だから姿カタチも大事になるわけだ。
ときに化粧もすればダイエットもする。
もちろん中身に凛としたものがなければ、艶も出てこないわけだが・・・

 

そうした意味でいうと、日本の近現代の書は、中性的なところがあるように思う。
男性的な漢字の世界と女性的な仮名の世界のミックス・・・
別な言い方をすれば、中国文化と日本文化の融合・・・
これは一面的な見方だけど、なにかちょっと、そんな気がする。
特に現代は「男は男らしく、女は女らしく」といった価値観が薄らいで、
人間そのものも中性化してきているところがあるから、
書にも自然とそれが表れてくるのかもしれない。
もちろん中性的なものは、今に生まれたわけではないにしろ。

 

中国の古典書道の名品のスゴいところは、当代一流の腕を持った書家たちが、
表現テクニックの枝葉末節よりも、一つの世界観・宇宙観を表すことのほうに
重きを置き、生命力に溢れた大きな幹を、それぞれの作品を通して打ち立てていること。
またそこから、広大な宇宙と繋がるかのような気宇の大きさが感じられること。
 

そんな素晴らしい古典書道の展覧会を見て、あらためて思ったことは、
現代芸術としての書を志すなら、逆に古典を崇め奉って手習いに勤しんでいる
場合ではない、ということ。
古典はたしかに学ぶに尽きない宝の山・・・
けれども、そういった古典書道どっぷりの世界から、力を持った現代の書芸術作品が
生まれてくるとは到底思えない。
古い時代の書の名品をマネて書いて技を競い合うのは、絵画でいえば、みんなで
モナ・リサやピカソを描いて、誰が一番うまく描けるかを競い合うのと同じことだ。
もちろん、絵画でも構図や表現技術を学ぶための模写があるのと同様、
書も臨書を通じて筆法や書の本質を学ぶことはありだとしても、
それはあくまでも自身の修行のためだ。
いまの日本の書壇が「現代の書芸術」をうたいながら、芸術と呼ぶにはほど遠い
世界にあり続けるのも、そのあたりの認識が曖昧に過ぎるからではないだろうか。
 

 

 

 

書芸家 SOGEN / 平野壮弦

 

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