音と書に関する考察〜漢字的な音VS.アルファベット的な音〜



先に音楽が単音では成り立たず、様々な音の差異、一つの音から他の音へと移り変わる、

その変化の狭間にこそ、音楽の妙味があると述べた。


音程に差をつけぬ、棒読みに近いお経などは、あえて音楽の要素(人為的な音の操作)

を排し、発せられる言葉そのものの力に重きを置いたものと思われる。


たとえばスタインウェイの最高のピアノの鍵盤を一つだけ叩いて音を出したとすれば、

最高の音色には違いないだろうが、それだけでは音楽とはならない。

対して、鐘や太鼓などは、「ゴ〜〜〜ン」や「ド〜〜〜ン」といった音一発だけでも、

人の心に沁み込み動かすような、霊妙な音色を秘めていたりする。


これは一文字だけでも意味を成す、表意文字である「漢字」と、一字では意味を成さず、
複数の文字を組み合わせることで意味を持つ語句と成す「アフファベット」の
違いにも似ているようにも思われる。

つまり、一つの音にすべてを込めて伝えるような力を有する鐘や太鼓は漢字的であり、

ピアノやバイオリンやトランペットといった管弦楽器はアルファベット的である

とも言えるかもしれない。


そんな見方をした者は、人類史上、おそらく誰もいなかったと思うので、

この視点は我ながら、なかなか面白いんじゃないかと思っている。

先のブログで、「音も書も人も、単体ではなく、他と交わることで、らしさが際立ち、

響き合うことで、また新たな世界が開かれていくところがあるのかもしれない。」

と述べたが、それは他者との比較の中でしか個の魅力や存在意義鐘は見出せない

ということではなく、異質の存在同士の響き合いが個を際立たせ、より豊かな
世界を開いていくという可能性の話なのだ。


と同時に、何物にも比することなく、鐘や太鼓のように、自ら発する一発の音をもって、
未知なる世界の扉を開きゆく人や作品が存在することもまた、心に留めおきたいと思う。





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