書芸の核心~人間の直感、電脳に勝る (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2008.2.26 投稿 132)

 
 
読売新聞の2月25日付けの朝刊のトップページに面白い記事が出ていた。

『日本の知力~人間の直感、電脳に勝る』と題して、将棋の話題が載っていたのだ。
(ちなみに最近はメッキリ指さなくなったが、子どものころから将棋が好きで、いちおう
日本将棋連名の三段をもらっているので、将棋の記事にはつい目が・・・)
 

記事によれば、全宇宙の星の数が10の22乗、チェスの局面数は10の20乗、そして、
取った駒も使える将棋の指し手の数は10の71乗だそうだ。
まさに天文学的な数字である。

 
で、チェッカー(北米で生まれたハサミ将棋)のようなゲームはコンピューターによって
解明されたらしく、その結論は引き分け。
将棋の場合はまだ最新鋭のスーパーコンピューターをもってしても計算が追いつかず、
解明されていない。
一昨年のこと、最強のコンピューター将棋ソフト「ボナンザ」とプロ棋士の渡辺竜王が対局、
人間が勝利したことが話題となった。
1秒間に数億手を読むことが可能なコンピュータ-の計算力に、人間の直感力が勝った、という
わけで、読売新聞の『人間の直感、電脳に勝る』という記事のタイトルはここからきている。

 
 

新聞の二面には、かつて将棋界において7冠制覇という偉業を成し遂げた、天才棋士・

羽生善治さんへのインタビュー記事も載っていて、これがまた面白い。
コンピューターは全ての指し手をモノすごい勢いで読んでいく。
それに対して人間の場合は、せいぜい数十手先までしか読めないものの、
直感力を鍛えていくことで、逆に無駄な手をどんどん捨てていくのだという。
経験によって「大局観」を磨いていくことで、いちいち全ての指し手を読まずとも、
最善手、またはそれに近い指し手を、天文学的な数の指し手の中から選び取ることが
出来るようになる、というのだ。
最新鋭のスーパーコンピューターの計算力をもってしても捜し出せないような最善手を、
人間は直感によって掴み取ることができるというわけで、これはスゴいことだと思う。
 

直感により、無駄を省き、真を得る 
 
書芸もまた同じだと思う。
この電脳社会にあって、瞬時のインスピレーションにより書き表す書芸は、
直感力を鍛えるという意味においてもまた最高の術の一つといえるだろう。

羽生王将が「美しい形は計算ではわからない。」と述べているが、その点も同様だ。
「これが美しい形なのだから、こう描け」とコンピューターにデータにインプットしたら、
コンピューターはその通り描き出しもするだろうが、コンピューター自体は美など感じないし
分らない。コンピューターは過去と今を扱えるが、未来を描くことは出来ない。
人間だけが未来を描くことが出来るのだ。

 
 

書を真っ白な紙面に書く・・・
そのとき、自分の頭の中にある過去のデータや見本だけに頼って書くとしたら、
それはコンピューターが書いているのと大差がないことになるだろう。
ちまたの書道展で見る書が総じてツマらなく思えるのは、「こういう書が立派な書、
上手い書」といった過去のデータに書き手が囚われてしまっているからなんじゃないか。
子どもが書く書が素晴らしいのは、そういったものに囚われず、精神が自由だからだろう。
固定観念に囚われず、直感によって自由自在な表現ができたなら素晴らしい。
それでこそ正真正銘の「書の達人」ということになるのではないか。

 
 

人間という生物の最大の特徴、そして最大の生き甲斐とは、もしかしたら、直感を磨いて
新しい世界を生み出していくことなのかもしれない。人間だけにそれが出来る。
もう人間やめたい、ネコや鳥になりたいなんてと思う時もあるだろうが、せっかく人間に
生まれたのだ。イカさないまま死ぬのはもったいないんじゃないか。
表に現れていないだけで、人間誰しも、スーパーコンピューターも追いつかぬ直感力と
創造力とを備えているのだ。
それは別な言い方をすれば、どんな人の中にも神がいる、ということ。
神を信ずるとは、自分自身を信ずるということだ。
たとえ自分自身がイヤになることがあっても、自分の中に神がいる。
人間がイヤになることがあっても、その人間の中にも、また神はいるのだ。
 
 
2008.2.25 読売新聞 朝刊トップページより
 

2008.2.26-1
 
 

2008.2.26-2

 

 

 
 

書芸家 平野壮弦/ SOGEN
 

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