書は音楽だ♪ (〜SOGEN blogバックナンバ〜 2007.11.20 投稿 091)

 

 

2007.11.20

SOGEN書 『遊』

 

 

書と音楽は、とてもよく似ていると思う。
音楽で表現されるさまざまな音、そしてその強弱や周波・・・
それは書芸術におけるさまざまな筆線やその強弱、動きにも通ずる。

 

「音楽には再現芸術という側面があるのです。」とピアニストの友人が言った。
なるほど・・・過去に作曲された作品は、演奏されてこそ、はじめて作品として
この世に生を受けることになる、ということだ。
だとすると、多くの書家や書道家が書くような文字作品というのも、同様に再現芸術
といえるようなものなのかもしれない。なぜなら文字というものは、自らが生み出した
ものではなく、古人によって生み出され、今日まで進化発展させられてきたものだからだ。
その文字を用いて作品を創るということは、作曲家が作詞した曲を自分流の解釈や情感を
加えて演奏するのにも似ている。これが他人の詩や言葉を書くということになれば、
なおのこと・・・他人が作曲した楽譜を自分流に演奏するようなものだろう。

 
自分自身の言葉を書で表した相田みつをなどは、音作詞も作曲も演奏もみな一人で
こなすシンガーソングライターのようなもの。ちょっとイメージは違うが、
書道界の中島みゆきや桑田圭祐のようなものだろう。
近年ようやく、クラッシックや演歌が主流だった書の世界に、ジャズやポップ
ミュージックが流れ込んできたわけだ。

 

では文字を書かない抽象表現というものは、どう解釈したらよいのだろうか。
それは、音楽でいえば、即興の現代音楽のようなものかもしれない。
楽譜も歌詞も無い、その瞬間に感じたインスピレーションで演奏をするというのは、

何も無い真っさらな紙面に、瞬間に作品を生み出す、書芸術における抽象表現作品の

制作過程に似ているように思う。
それは、瞬間瞬間に自分で作曲しながら演奏していくようなもので、まったく制約もなく

自由である反面、よい演奏をすることは至難の技・・・そう簡単にはいかない、
ということになるだろう。
たとえば、まず紙面の中央に一本のラインを書くとする。それを受けて、どこか空間に

マルを書く。またそれを受けて、角に墨だまりを作る・・・どこからどう書こうが、

最終的にはそこに宇宙的な調和の世界を創り出す・・・それは、いつどこから斬りかか
られても受け流すことに出来る、剣の達人の境地にも似ているように思う。

 

 

そんなことを思い、さて、では自分自身は、一体何を目指しているのだろうかと
我が身を振り返れば、やはり、剣でいえば、宮本武蔵のような境地なのだろう。
文字や言葉の作品を書こうが、抽象作品を書こうが、そういったことに関係なく、
要は、いつどこで、どんな作品を書こうが、瞬時に宇宙的な和合の世界を
創出できるようになりたい・・・そう願って、作品を創り続けている。

自分にとって「書を書く」とは、アート作品の創造であると同時に、
一つの人生修業のようなものなのだ。
 

 

 

書芸家 平野壮弦/ SOGEN

 
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