子どもの眼

 

 

「素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない。」ー岡本太郎

 

 

子どものころは、誰もが無垢な眼を持っている。
何事も当たり前とは思わずに、なんだろう? なぜだろう?と思う好奇心に

満ち溢れている。
それが大人になり、分別がつくようになるにつれて、物事を自分自身の眼で

見ようとはしなくなり、心の動きもまた鈍くなっていく。

つまり、感動が無くなっていく。

 

たとえば、初めてリンゴを見た子どもは、「この赤みがかった丸いものは、

いったい何なんだろう?」といったように、不思議に思って観察することだろう。
一方、大人は、「リンゴだ」で終わる。リンゴという言葉だけで用はこと足り、

満足してしまうからだ。
文字や言葉は一つの抽象である。抽象化することで簡素化され、便利になる。
と同時に、ときに私たちを物事の本質から遠ざけていく。
そしてそれは、私たちの中に本来あるはずの、自らの眼で物事を見るという力を

衰えさせていくことにもなる。

 

大人は忙しい。

この情報化社会の中で、リンゴ一つに心を留めているヒマなどないのだ。
だが、ときに子どものような眼と心で物事を見るという原点に立ち返ることで、
世界は広がり、より豊かなものになっていくのではないか。
書芸は、その人間本来の力を取り戻していくためのアートでもあるのだ。

 

 

書芸家  平野壮弦/ SOGEN

 

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