枠をハミ出すときは、ちょっとワクワクする。

 

写真は20年前の折帖作品。
我ながらすざまじい・笑
書き終わった時は、なんじゃこりゃ~、メチャクチャじゃんと思ったが、
いまあらためて見ると、よくここまで平気で書いたもんだと・笑

 

当時、これを見た日展作家の友人から、「なぜあなたは折帖に折り目があるのに
わざわざハミ出して書くのか?」と問われ、「ならば、なぜあなたは折り目を気にして、
そこに収まり良く書こうとするのか」と返したことがある。
 
枠の中に収まるも良し、ハミ出すも良し。枠なんて気にすんな、ってことだ。
 
 
『韓退之  長安交遊者』折帖/2006
 
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放下の書に想う

 
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『南無不可思議光』

30代半ばに書した、放下を求めた書。
おそらく、もう二度と書けません・・・

 
若いころ、時折、こうした仏教語や禅語を好んで
書いた時期がありました。そこには余計なものを

すべて捨て去りたいといった切なる想いが

あったように思います。
 
余計なものとは、書の腕前を人様に見せて

感心されたいとか、作品として上手く

まとめたいといった我欲のこと。
また書作にかぎらず、常日頃からそういう

心境で過ごしたいという想いもあったと思います。

中々そうはいきませんでしたが・笑

余計なものを捨て去って、こだわりのない世界に

行きたいと念じつつ書作に臨むわけですが、
すでにそこにだわりがあるわけで・・・

 

が、いま改めて見ても、その叫びのようなものが

伝わってくるようで、たしかにこの時、この瞬間

にしか書けなかった書であろうと・・・

ただ、この書には、観る者にも放下を迫るような

厳しさがあり、どこかの道場にでも飾るならいい

けれど、自宅に飾って毎日眺めるようなものでは

ないのかもしれません。
 

またそれは、人にも言えることのように思われます。
喝を入てくれるようなタイプもいいけれど、末永く

身近で付き合うなら、互いに自然体でいられる

タイプがいいだろうと・笑

まさに、書は人なり、のゆえんです。
 
これからまた、こだわりを超えた世界を求めつつ、
こだわったりこだわらなかったりしながら、
書作も人生も愉しんでいこうと思います。

 
 
 

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