SOGEN書芸塾ARC・スペシャルクラス塾生の石見京子が
一閑張りによる個展を開いている。
一閑張りは先のブログでも紹介した通り、竹篭に和紙を貼り、
その上から柿渋を塗った工芸品で、今回の展覧では
書も生かしたバッグや花入れが勢ぞろいで出迎えてくれ、
楽しめるものとなっている。
「先生にダメ出しされた書作品をコラージュして作り
ました。」とは彼女の弁。
なるほど、全体としてはいま一歩の作品でも、こういう
生かし方があるわけだ。
失敗作も、ものによっては捨てずに取っておいた方がいい。
彼女は絵手紙作家でもあることから書画にあそび心があり、それが一閑張りにもよく
表れているように思う。
書のアレンジもほどよく心地いい。書家などにやらせると、書を見てほしいという思いが強すぎて、
とかく嫌味になりがちなところを、チラリと見せて惹きつけるあたりに、書芸による鍛錬が
生きている。
さて、ここからちょっと突っ込んだ話になる。
彼女の作品は、美術品として眺めているだけのものではなく、
実用品であるところがポイントで、そうした場合には、
芸術作品としての高尚さや奥深さよりも、親しみやすさが
大事になる。
たとえば、良寛や棟方志功による直筆の一閑張りなどがもし
あったとしたら、それを実用品として使う人はまずおらず、
お宝として大事にしまっておくことだろう。
何が言いたいかというと、いまの彼女の作品だから、気軽に
実用品として使えるところがあるのであって、もし美術品
としての値打ちがあまりに高くなってしまうと、実用からは
遠ざかっていくことになる、ということだ。
書のクオリティーを上げていくことで、書を用いた一閑張り
作品の美術性はさらに高まっていくことだろう。
だから、彼女がダメ出しされた書を作品に使ったことは、本人が意識したかどうかは別にして、
作品の美術性をほどよく抑え、親しみやすいものにすることに繋がっているようにも思われる。
もちろん、そうは言っても彼女の一閑張り作品の美術性は相当なもので、今後の展開が楽しみ
である。
書芸術としての奥深さをひたすら求めていく、という行き方がある一方で、あえてそういった
方向に突き詰めずに書を生かす、という趣向もあるのだという、ちょっと面白いことに
気づかされたので、書き留めてみた。
以下のfacebookページで、本展の模様がご覧いただけます。
石見京子個展 「一閑張り展」 in 大崎ウエストギャラリー開催中!
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.811355855558259.1073741855.199917180035466&type=1
書芸アーティストへの登竜門~SOGEN書芸塾ARC~