分かり合える喜び (書道家/書家SOGEN blogバックナンバ〜 2006.7.1 投稿 056)

 
 
アートも自分の世界を求め突き詰めていくならば、常人の理解しがたい世界へと
ただ一人、入っていくことになる。

 
自分自身を100パーセント理解してくれる他人など、この世に存在しないのと同様、
自分の分身である芸術作品を100パーセント理解してくれる人など、この世にはいないのだ。

 
でも、それでイイじゃないか。
 
自分の作品を自分が感じているのと全く同じに感じてくれる人などいない・・・
そう心のどこかで思いつつも、作家は個展などの発表の場を通じて、作品を人目に
触れさせようとする。 それはやはり、自分以外の他者との共感を求めているからだろう。

 
アート作品を創って人に見てもらうということは、自分以外の人に何か伝えたい・・・
感じてほしいと思っているからであって、 まったく他人は関係ないのだとしたら、
創った作品は人目に触れぬよう、蔵にでもしまっておけばいい。
 

 
他人との付き合いや恋愛においても、同じことが言えるような気がする。
100パーセント自分のことを理解してくれることを他人に求めたとしても、
そんな人はこの世界の何処にもいないのだ。
ある人は30パーセント、またある人は5パーセント・・・
男女の関係なら、60パーセント分かり合えたなら恋愛の対象、
70パーセントを越えたなら結婚の対象になるだろう・笑
ところが人は100パーセントを望む。
「どうして自分のことを 分かってくれないんだ!」と、
他人を非難したい気持ちになる。
だが、それこそが「甘え」なのだ。

 
 
楽観主義者と悲観主義者の思考回路のちがいを表すのに よく使われる例がある。
コップに水が半分入っている。
楽観的(プラス思考的)な見方をするタイプの人は「まだ半分ある。」
と思うのに対して非観的(マイナス思考的)な見方をする タイプの人は
「もう半分しかない。」と思うという。
あなたはどちらのタイプだろうか?

 
アートも自身の世界を突き詰めていくと、他人や他人の作品はもとより、
この現実世界そのものを認められなくなってしまうという、といった状態に
陥らないともかぎらない。
「他人はだれ一人分かっていない。この世で真理が分かっているのは
自分だけなんじゃないか・・・」といったように。
そうなると、孤独感に苛まれ、闇の中を彷徨い歩くことになる。

 

分かり合えない部分にばかり目を向けて、嘆いたり憎み合ったりしながら生きるか・・・
分かり合えた部分に喜びと感謝を感じながら生きるか・・・
 
 

5パーセント分かり合える人と出会ったら、その御縁に感謝しよう。
 

30パーセント分かり合える人と出会ったら、友だちになろう。
 

50パーセント分かり合える人と出会ったら、親友と思おう。

 
70パーセント分かり合える異性と巡り会ったなら、心の恋人と想おう。

 
 
 

 

書道家/書家 SOGEN / 平野壮弦
 

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