書壇に生きる人たちへ

 

 

書家・現代美術家山本尚志さんが、書道をやっている人たちに向けて
熱いメッセージを発信し続けている。
いまこそ立ち上がれ!書壇の殻を破って、共にアーティストを目指そう!と。
そこから氏の書芸術へのパッションと深い愛がヒシヒシと伝わってくるようだ。

 

~山本尚志さんによる書壇へのメッセージ~
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1137664063033292&set=a.411116772354695.1073741826.100003691278454&type=3&theater

 

書壇のことは、はっきり言って、もうどーでもいいんだけど(笑)、「書道」は自分にとって
育ての親みたいなもんだから、こんなことを書かれたら突っ込みたくなるじゃないかW
・・・ってことで、2時起きしてこのブログを書いてますw
このあたりのことは、ぶっちゃけ、もう10年も前に本に書いてるんだけどね。

 
『汚し屋・壮弦 俺の書でイケ! 』(2006 天来書院刊)
https://www.amazon.co.jp/%E6%B1%9A%E3%81%97%E5%B1%8B%E3%83%BB%E5%A3%AE%E5%BC%A6-%E4%BF%BA%E3%81%AE%E6%9B%B8%E3%81%A7%E3%82%A4%E3%82%B1-%E5%B9%B3%E9%87%8E-%E5%A3%AE%E5%BC%A6/dp/4887151810 
 
 
まあ山本さんの言う通りで、自分に言わせれば、競書や展覧会を中心に動いている日本の書壇は
書道愛好者の集いであり、ある種の社交界みたいなもの。
何十年もかけて筆をこね回すイヤったらしいテクニックを身に付けて、互いに先生と褒め称え合って、
いい気分になっているジジババの集まりW

 

いや、自分も書壇で育ててもらった恩義はあるし、もちろんいいところもあるとは思うけど、
芸術としての書を志すのなら一生居るようなところじゃないってこと。
こんなことを言うと、ピラミッド構造のもと、上がりで成り立っている書壇の営業妨害になるかもだけどw
まあそのピラミッドも、人口の減少とともに崩れていくのは目に見えているわけで、
山本さんが年金制度と同じ、みたいなことを言ってたけど、ま、そういうこと。
いや、実態を分かった上で、一つの社交の場として所属していたいのなら、それはそれでいいと思う。
家が1~2軒建つくらい金がかかるだろうけどW

 

勘違いしてもらったら困るけど、これは日本の書壇の在り方について語っているのであって、
「書道」という世界全体の話ではない。
書道の古典は書を学ぶ上で宝の山だから、競書や書道展といったものに左右されることなく、
伝統的な書の王道を生涯をかけて極めていく中で、歴史に遺るような名書を表す人たちが
現れて来てほしいと思っている。
まあそれもザンネンながら、書壇で賞取り合戦に興じているようでは土台無理な話なんだけどね。

 

そういえば、以前、大きな公募展で大賞を受賞した有名な若手の書家がSOGEN書芸塾の門を
叩いたことが。
「殻を破りたいと思い、書の教室を方ぼう探したのですが、書壇で名が知られてしまってて、
あなたのような大先生に教えることは何もないと、どこも断られてしまい、ようやく
ここに辿り着きました」と。
で、教室に来るたびに、自由に書けと言われても書けない、出来ないとボヤいていたが、
結局、数回で来なくなった。
人間、いくつになっても、本気で変わりたいと思うなら変わることが出来る。
が、こういう人はむずかしい。地位も名誉もある中で、その礎となっている書の技を、
どうしても手放すことが出来ないのだ。
手放すことで手に入れられるものがあるのにね。
だから書道歴何十年、なんていう人のほうが、芸術としての書を求めていく上では
逆にむずかしいところがあるわけだ。

 

かく言う自分も、若い頃、自分の抽象アートを買ってくれた目利きの人から、
「あなたはすべて捨てることが出来たら大化けすると思う」と言われ、
そんなこと出来るわけねーじゃん!と思ったものだ。
だって、せっかく書道を長年やって得たものを手放してしまったら、
もったいないどころか、何も残らないじゃないかと。

 

でもね、手放すといっても、それは今までやってきたことのすべてを無にする
ってことではないんだよね。
手放したつもりでも、積み上げてきたものは細胞レベルまで染み込んでいるから、
根っこのところでちゃんと力になっているところがあるわけで。

 

だから、いま書道をやっている人が芸術書やデザイン書の世界に向かったなら、
書道の経験はきっと生かされていくと思う。
ただそれには、習い覚えた筆技や他人が編み出した書法を超えて、
自分自身の呼吸をもって、自分自身の線を表していくこと。
見せるのは筆を操る技ではなく、イノチであり世界観であるということ。

 

 
さて、ここまで書いたら、これで終わるわけにはいかなくなっちまったじゃねーかW
ってことで、次回は(いつになるかわからないけどw)、書芸術の未来について触れてみたい。

 

 

 

SOGEN書芸塾主幹・書芸家SOGEN/平野壮弦公式サイト
http://www.hiranosogen.jp/(アート)

http://www.hiranosogen.com/(デザイン)
http://www.sogen-arc.com/(スクール)

 

 




 
 

亀を散歩させる女

 

 

ストナあげたいミンミン蝉

 

 
樹下に燦めく、先に逝きしものの羽の透かし

 
 

揚羽蝶の一瞬の触れ合い

 

 

 
落ち葉たちは鬼ごっこ

 
 

亀を散歩させる女

 
 

窓辺から漏れる喘ぎ声

 
 

夏の名残のアガパンサス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SOGEN ART Untitled 2012-040 /280×100㎜

 

 
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~夏休み明けに子どもの自殺急増!~そもそも、子どもたちが死にたくなるような学校って何なんだ?

 

 

学校教師を挫折した自分が言うのもなんだが、これだけは言っておきたい。
 

夏休み明けに、特に子どもの自殺が増えるという。
受け皿としてのフリースクール等が出てきたのは良しとして、
そもそも、子どもたちが死にたくなるような学校って何なんだ? ってこと。
感性が豊かな子どもほど、良心的な教師ほど、苦しんでいる。
本気で何とかしたいなら、そっちを改善していくことこそが急務だろう?!

 

今でも夢で魘されることがある。
年度も終わるというのに教科書が半分も終わっていないのだ。
教科書に沿って教え、試験をし、進路を振り分け、お国のために役立つ(?)
従順な国民(という名の兵士)をつくるのが教師の役目。

教育理念と教育システムとを根本から改めていくこと無くして、この国の子どもたちは救われない。
もっと言えば、社会の要請で成される教育は、社会が変わらないと変わらない。
 
救われないのは子どもにかぎった話ではない。日本は自殺大国で、特に10代~20代の若者の
自殺が群を抜いているという。そんな生きづらい世の中になっているのは何故なんだ。
そこをよくよく考えて、根本から変えていくことをしなかったら、何も変わらないどころか、
これからもっと息苦しい世の中になっていくことだろう。
 

保身しか頭にないようなロクデモナイ政治家や役人は言わずもがなだが、不思議なのが、文部科学省。
エリート集団で、頭のいい連中が集まっているはずなのに、この子どもたちが
とてもハッピーになるとは思えない旧態然とした教育システムを堅持し続けていること。

 
まあ確信犯なんだろうな。
もちろん前文部科学省事務次官の前川喜平さんのような出来物も中にはいるわけだが、
いまさらながら、今の国のリーダーたちの目指す方向が、子どもたちを全人間的に育んでいくという
本来の教育理念からは遠くかけ離れているとしか思われない。
ぜひ文科省はじめ、この国の心あるリーダーの人たちには、真に幸福な国づくりのために
力を尽くしていただきたい。

 


(画像はネットからお借り)
 

 
対して既存の公教育とは別に、独自の教育理念と教育システムをもって
教育を行う私学やグループも出来てきており、そこは大いに期待できるところ。

 

例えば埼玉県飯能市にある自由の森学園
この学校は、実は自分が新潟県の公立中学校教師時代に英語教師として転職を希望したものの、
創設者である遠藤豊校長から直々にお手紙を頂戴し、いまのところ間に合っているので、
今後機会を伺ってほしいと断られた学校。
いま思えば、公立学校の比ではない教師としての力量が求められている学校で、断られてよかったと(笑)
その後、人気ミュージシャンの星野源といった人物を輩出しているところを見ると、
実情は分からないまでも、好き放題やらかす子どもたちを相手によくやってるなぁと(笑)

 

自由の森学園《教育理念》
http://www.jiyunomori.ac.jp/gakuen/rinen.php

 

こちらはアートを通した幼児教育実戦
保育園の『表現者』たち展
https://www.facebook.com/hyougenshatachi/

 

~子どもの「好き!」を伸ばす学校~東京サドベリースクール
http://tokyosudbury.com
 
他にもまだまだ素晴しい教育実践を行っている学校やグループが生まれ、人間性を損なうような
現代日本の教育の現状に対して一筋の光を投げかけている。

 

 

官邸で議論されているという教育改革国民会議の指針中

「子どもを厳しく『飼い馴らす』必要を国民に
アピールして覚悟してもらう」
という文言があって驚いた。

 
要は子どもを人間として見ていない、家畜のように

飼い馴らさなければ真っ当な人間にはならない、

あるいは性悪説に立って、力づくでも厳しく躾けなければ

ワルになる、という考えに基づいたものだろう。
 
日本の学校教育も、表向きは「個性の尊重」などと謳いながら、

実際はそういった真反対の立場に立って運営されている
ところがある。
このところ愛国心を声高に叫ぶ者がいるが、愛国心をもった

人間を育てたいのなら、押し付けではなく、愛さずには

いられないような素晴しい国づくりをしていくことが先決だろう。

 

対して上に紹介したような教育は、人間性への信頼を大前提として行われているところが
大きな違いである。

人として扱われず、家畜扱いされた子どもたちが幸福でありえるはずもなく、日本の子どもや
若者の自殺率の高さも、元凶はそこにこそあるのだと。そしてそれは、子どもにかぎらず
大人たちも同じ。
 
そんな中で、各現場での改革の努力も必要ながら、教育や社会を根本から変えていかないかぎり、
この不幸の連鎖を断ち切るのはむずかしいだろう。
逆にそこを少しでも良い方向に変えていくことができたなら、天国のような世界は夢物語だとしても、
この国は子どもから年寄りに至るまで、遥かにイキイキとし、自分の国を心の底から愛する人も増え、
本当の意味での国力といったものも、まちがいなく強くなってイクはずだ。
 
 
翻って、芸術はどうか。
芸術は時空を超えたものであり、現状に対しては一見無力のようだが、けっしてそうではない。
芸術は精神の自由、身体の自由を求める営みであるから、芸術作品や芸術的行為が人々の精神に
与える影響力は革命的でさえある。

自分が創始提唱する『書芸』もまた、そういった意味で、一つの革命であると思っている。
そしてこの芸術を通した革命は無血で行われるもの。
もっとも精神は血だらけ、なんてことだってあるけれどW
人生即芸術であるならば、そういった意味において、すべての人々が精神の革命家なのだ。

 

 
いや~、エロ書芸家が柄にもなく、マジに教育を語りましたよW
ところで世間では、出会い系バーだのフリンだのと、人様のことをネタに騒ぐのが好きな
人たちが大勢いるようですが、もし仮に自分がそんなことで突っ込まれたら、
「で・・・?」と答えるでしょうW
エロ書芸家だもの♪

 
 

 
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アートは何でもありなのだ!~アートパフォーマー・広瀬真咲のパフォーマンスに想う~

 
 
両国のART TRACE Galleryで行われた、アートパフォーマで画家・ビジュアルアーティストの
広瀬真咲さんのアートパフォーマンスを見る。
つい最近、広瀬さんの水彩画による個展を拝見し、気に入った小品を一つ購入させていただいたのだが、
国内外でアートパフォーマンスも行っているとのことで、それはぜひ見てみたいと。

 
鏡、ビニール袋、傘といった日常品を使っての30分ほどのパフォーマンスだったが、
実に興味深く面白かった。
 
彼女のパフォーマンスは、素材から身体の動きから、すべてが自由なアート表現で、
こういったものを見せられると、書も含めた他のアートジャンルが、
いかに限定された中で成される仕事であるかを思い知らされるところがある。
もちろん、制約がある中でも無限の表現があるわけだが、まさに何でもありのアート表現を
見せられると、表現者としては解き放たれ切れていない自分と対峙させられるようで、
些か凹むところもあったりとW
ただ制約がある中で生まれてくるものもあるから、そう落ち込むこともないのだけれど。
 
それにしても、書道を超えて、芸術としての書を志すならば、やはりこの
何でもありのアート精神には学ぶべきところがあると。

もちろん、何でもありといっても只のデタラメではなく、その大元には表現者の
深い思索の中で編み出されたコンセプトがあるわけで、素材も厳選されたもの。
アートパフォーマンスは見方も自由だが、そこに秘められた真意を探る面白さもあるのだ。
 
言葉を超えて世界に通ずる広瀬真咲のアートパフォーマンス、機会があったら
ぜひその目で目撃いただきたい。

 

 
画像は広瀬さんのFACEBOOKページから拝借したもので、今回のパフォーマンスとは異なります。

 

 
広瀬さんが参加のグループ展『OPEN TIME』
9.12(火)まで、両国のART TRACE Galleryにて開催中
http://www.gallery.arttrace.org/201708-opentime.html
 

広瀬真咲 ON FACEBOOK

https://www.facebook.com/masaki.hirose.75?fref=ts
 
広瀬真咲Blog.
http://biologyofmasaki.blog.fc2.com/ 
 

 
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秋の気配

 

 

それにしても、きのうまでの殺人的な猛暑から、今日の寒さはなんなんだ?!
 
秋に心と書いて「愁」。秋の気配に、なにげに物悲しさを感じた今日。
 
ガリガリ君と白くまで過ごした夏が終わる。

 

 

 

 

 

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みんなの中のゲバラ 『写真家チェ・ゲバラの見た世界』

 

 

写真家チェ・ゲバラの見た世界』も恵比寿ガーデンプレイスでやってて、見てきましたよ。
長蛇の列を・・・w

 

しかし、なんだね、革命精神なんてカケラもないような日本人が、ゲバラ見たさに

押しかけるんだから。これは自分もそうだけど、写真以上に、革命家としての

ゲバラに憧れや興味があってのこと。

世界の革命的写真家である天才・アラーキーの写真展に、なんで行列が出来ないのか、

ちょっと悔しく思ってしまうよ。まあ、このゲバラのポスターはズルいね。
これ見ただけで、みんなイキたくなっちまうだろうW

しかし芸術家はある意味、精神的革命家であるはずなのに、身近な革命家には興味を示さない。

というか、ただの変人扱い?

 

ゲバラに憧れるんなら、せめて革命精神のカケラでも持とうぜ!と思う。

いや、武器をもって戰おうってことじゃなく、この閉塞的な世の中にあって、
自分自身や周りの人たちを精神的に解放していこうぜ、ってこと。

芸術が精神の革命であるならば、人生即革命なのだから。
 
みんなの中にゲバラはいる!★

 

http://che-guevara.jp/

 

 

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アラーキー・荒木経惟写真展『写狂老人A』に想う

 

 

東京オペラシティ・アートギャラリーで開催中のアラーキーこと荒木経惟氏の写真展

『写狂老人A』を観る。

エロスの書芸家を自認する自分だが、アラーキーのエロスは実に幅広く深く、ヤラれた感あり。

人妻ヌードなど、婆さんまで撮って、しかも特にポーズを付けるわけでもなく、極めて自然。

 

 

書にも通ずる、陰影を含むノクロームの写真の存在感はもちろんのこと、

特に自分が注目したのは氏の表す書。

以前から、アラーキーの書には注目してはいたが、本展であらためてじっくりと

鑑賞する機会を得て、大いに触発されるところあり。

つまり、「書は人であり、エロスである」という自分の想いを、

まさにアラーキーが書をもって具現化しているということ。

 

良寛や白隠といった僧侶、富岡鉄斎や中川一政といった画人、詩人で彫刻家の高村光太郎、

版画家の棟方志功、政治家の副島種臣、陶芸家の北大路魯山人といった、書家ではない

人々の書が強い魅力を放ち、人気を博すのも、有名だから、というばかりではなく、

書そのものに書法を超えて人そのものが表れており、見飽きぬ深さを蔵しているからだろう。

 

対して、書家が自慢できるのは筆を操るテクニックくらいで、それを取ってしまったら

何も残らない。借り物の言葉を書道的に上手く書く競い合いに終始しているものだから、

自分が心の底から書きたいものを書けと言われても、何もない、空っぽだったりするのだ。

 

もちろん、字が上手くなりたい、書を上手く書けるようになりたいという思いは

多くの人々の中にあって、その思いの上に書道は成り立っているわけだが、

他人が編み出した書法を超えることなくして、真に全人間的な魅力を蔵した書を

表すことなど出来ないことを、アラーキーをはじめとした異分野の偉人たちが

教えてくれている。

 

 

ちなみに本展は撮影自由とのことで、なんとも太っ腹!

ということで、会場風景を紹介させていただきます。

9月3日(日)まで、東京オペラ・シティーにて。

ぜひ会場で本物に会ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
-本展紹介アルバム-SOGENアートファンサイト(FACEBOOK)
https://www.facebook.com/pg/HiranoSogen/photos/?tab=album&album_id=1432806116774775
 
荒木経惟写真展『写狂老人A』展覧会情報

http://www.operacity.jp/ag/exh199/
 

 

ちなみに今回、恵比寿ガーデンプレイス・東京都写真美術館で開催中の

荒木経惟写真展『センチメンタルな旅 1971-2017-』も合わせて鑑賞し、

見ごたえがありました。こちらは9月24日(日)まで。

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2795.html

 

 

 

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桜咲く

 

 

本物の桜の開花はまだこれからですが、いちはやく「桜咲く」の報せが・・・

 
昨年、東京への修学旅行の折、進路研修ということで訪ねてきてくれた高校生が、

このたび大学の芸術専門学群に進学することになったということで、報告と御礼の

メッセージを寄せてくれました。

人生の門出に乾杯!
書を通してこれからの人生をより実りあるものとし、世の中をより楽しく
豊かなものにしていっていただくよう祈ります。

 

 
(いただいたメッセージから)

 
ご無沙汰しております。
修学旅行の際に進路別研修で壮弦先生を訪ねさせて頂いた○○です。

この春から○○大学芸術専門学群に進学することになりました。
大学では芸術の中の書を学べるということなので、書はもちろんですが他分野にも挑戦し、

表現力を磨いていきたいです。

あの時、壮弦先生にお会いしてお話を聞かせていただき、頂いた本を拝見したことで、

書に対する意識の持ち方が少しずつ変わってきて、‘書芸術’はこんなにもおもしろくて

楽しいんだ!と感激しました。

 

まだまだ自分自身に課題はありますが、私が以前まで持っていた固定観念が崩れ、夢が広がりました。

私は文字のデザインや、墨の濃淡による表現、線的表現に興味があり、書の可能性を

もっと広めていきたいので、将来は会社のロゴや商品のパッケージを手掛けるような人に

なりたいと思っています。
少しでも夢に近づくために、努力を怠らないようにがんばります。

本当にありがとうございます。

 

 

~昨年の修学旅行での進路研修の模様~

 

 

 

書芸家SOGEN・平野壮弦 公式ウェブサイト

http://www.hiranosogen.jp/ (アート作品)
http://www.hiranosogen.com/ (デザイン書、講演、アートパフォーマンス)
http://www.sogen-arc.com/ (書を通した解放と交感の場~SOGEN書芸塾ARC~)

 

 




 
 

生き甲斐とは

 

 

生き甲斐とは探すものではなく、心魂と本能、持って生まれた性(さが)を源泉に、

思考と行動を通して、自ら創り出していくもの。

 

 

Untitled /2010/460x315mm

 

 

 

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女は神秘の宇宙なのだ

 

 

女は宇宙である。
一つには、実際に子どもを産む産まないにかかわらず、生命を生み出す力を備えている点で。
もう一つには、人智の及ばない(特に男には理解不能な)法則に基づいて動いているという点で。

 

宇宙は、なぜ?どうしてこんなことが起こるのか?といった、人間が解明し得ない謎に満ちている
わけだが、女もまさにそう。男からすると実に不可解な、常識を超えたものを秘めているところが、
まさに宇宙的なのだ。

 

現に、自然とともに人々が生きていた太古の時代にあっては、邪馬台国の卑弥呼のように、
女が神事を司り、政(まつりごと)も行っていたわけだが、それもまた、女のほうが
男以上に宇宙自然と繋がる力に優れていると考えられていたからだろう。
だが社会が複雑化していく中で、「やっぱり女に任せてたら、収拾がつかなくなってヤバくね?」
といったかんじで、理詰めで物事を考え、現実的な対応能力に優れた男たちが実権を握り返し、
今日に至っているように思われる。
 
まあ、その男たちは覇権を争う中で侵略や殺戮を繰り返し、人類史上ロクなことをやってこなかった
わけだが。
それでも、この宇宙は人間にとってあまりにも不可解であり、同様に女もまた不可解であることから、
まだ男たちがこの世の中を現実的に動かしていったほうがいいだろうとの支配者たちの思惑から、
今日に至るまで、女性たちの社会進出が意図的に妨げられてきたところがあるように思う。
また女たちも、そのほうが楽だということで、男をおだててやらせてきた節もあるかもしれない。

 
もちろん、女性にも男性的なところがあるし、男性にも女性的なところがあるわけだが、
やはり持って生まれた性のちがいは大きいということなのだろう。

 

男は自分を生み出した宇宙(=女)への愛憎の中で、自らの生きる意味や生き甲斐を求めて
あがいている孤児のようなもの。女性に対して、ときに憧れ、ときに反抗したりしながらも、
結局は女性の手のひらの上であそばされているようなところがある。
女には到底敵わない・・・その悔しさのようなものが、女性蔑視や女性差別の元にあるような
気もする。

 

そしてこれは理想論かもしれないが、そんな中で、男と女それぞれの特徴が、もう少しうまい具合に
絡まって、互いに生かされていったなら、世の中も少しはマシになっていくような気がするのだが、
どうだろう。
いまの日本の政治状況など見ても、権力者たちは、男も女も「らしさ」を、どちらかというと
マイナスの方向に発揮して、気色わるいばかり。一般庶民のことなどそっちのけで、
病み闇な権力闘争と保身に明け暮れて、もうグチャグチャじゃないか。
そういった所でも、男と女の長所をもっと生かし合ってもらいたいもんだと。

 

また芸術に関して言えば、男は理詰めで作品を構築し、女は直感で作品を生み出していく傾向がある

ことから、双方が学び刺激し合う中で、新たな芸術世界もまた拓かれていく可能性もあるように思う。

 
そんなことを言いながら、もう女はコリゴリ、なんて思っている自分もいたりするのだが・・・W
女は神秘の宇宙。ああ、宇宙に帰りたい(笑)

 

 

 

左:抱く embrace /700x345mm (SOGENソウル展2016出品作)

右:華ある人 person like a flower /700x345mm(SOGENソウル展2016出品作・個人蔵)

 

 
 
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